プロセスシステム工学の研究動向

国内外の動き

日本国内におけるプロセスシステム工学(PSE)関連の研究開発活動において中心的な役割を果たしているのは,化学工学会システム・情報・シミュレーション部会(SIS部会)および日本学術振興会プロセスシステム工学第143委員会である.これらと特に関係の深い会議として, 3rd International Symposium on Design, Operation and Control of Chemical Processes (PSE Asia 2005, 8月17〜19日, Seoul, Korea)が開催された.第一回会議を2000年に京都で開催して以来,アジア地域のPSE分野の研究者が会する場として定着し,回を重ねるごとに参加者数も増え,今回は120件(基調講演7件,一般発表113件)の研究発表が行われた.プロセス制御,プロセス設計,スケジューリング,安全,モデリング・シミュレーション,最適化,モニタリング・異常診断に関するセッションが開かれ,システム・情報・シミュレーション技術に関する最新の研究成果が報告された.また,産学官共同の国際研究開発プログラムIMSのCHEMプロジェクト(プラント操業における高度エンジニアリング手法に関する研究)の研究成果も報告された.化学工学会第37回秋季大会(9月15〜17日, 岡山)では,SIS部会主催で,プロセスシステム工学の最近の進歩,プロセス強化に向けたプロセスダイナミクスの解明と応用,統合化工学の3シンポジウムが企画され,6件の展望講演を含む33件の研究発表が行われた.

PSE全体に関わる国際会議としては,上記PSE Asiaに加えて,5th European Congress of Chemical Engineering と7th World Congress of Chemical Engineering (7月10〜14日, Glasgow, Scotland)が共同開催された.1800件の発表(招待講演6件と基調講演24件を含む)が4日間に渡って行われた.その中で,日本人による発表は1割強であった.PSE関連セッションでは,プロセス設計,プロセス制御,モデリング,プロセス合成,サプライチェーン,リスクマネジメント,システムバイオロジーなどの研究発表があった.AIChE Annual Meeting (10月30日〜11月4日, Cincinnati, US)では,CAST (Computing and Systems Technology) Divisionにおいて,最適化,シミュレーション,燃料電池,データ解析,異常検出と診断,モデリング,プロセス制御,スケジューリング,サプライチェーン,プロセス設計,プラント操作などに関する計42セッションが開かれた.各セッションでは,特に燃料電池システム,マイクロ化学プロセス,電子材料プロセス,ハイブリッドシステム,分布定数系などの新しいプロセスのモデリングや制御手法に関する研究発表が目立ち,PSE分野で育った方法論が新しい分野へと広がっている様子が感じられた.

一方,国内では,本学会に加えて,計測自動制御学会システム制御情報学会でもPSE分野の研究成果が報告されている.モデル駆動制御,モデル予測制御といった最新の制御に関する理論や実践を中心に,知的システムに基づく安全管理,異常診断,最適運転まで幅広い研究発表があった.

プロセス制御関連では,16th IFAC World Congress (7月3〜8日, Prague, Czech Republic)が開催された.国際自動制御連盟主催の本会議は制御関連で最大規模であり,参加者は63カ国から計2462名(うち日本201,学界2099,産業界363)であった.一般のセッションに加えて,プレナリー6セッション,セミプレナリー4セッション,マイルストーン9セッション,パネル4セッションが開催され,各分野の現状と将来について活発な議論がなされた.発表論文2456件のうち,TC6.1 Chemical Process Control関連は105件であった.その他,2nd International Symposium on Advanced Control of Industrial Processes (AdCONIP, 8月22〜23日, Seoul, Korea)など多くの制御関連国際会議にて,プロセス制御分野の研究発表が行われた.国内では,第48回自動制御連合講演会と第1回横幹連合コンファレンスが11月に長野で開催された.自動制御連合講演会では,プロセス制御について3セッションが組まれ13件の研究発表が行われた.第1回横幹連合コンファレンスは「知のダイナミックデザイン」をテーマとして,パネル討論や200件を超える研究発表が行われた.横幹連合は,学問や研究の専門・細分化による限界を打破することを目指す学会の連合組織として2003年に設立され,43学会が加盟している.

知的システム関連の国際会議では,9th International Conference on Knowledge-Based & Intelligent Information & Engineering Systems (KES, 9月14〜16日, Melbourne, Australia)やIEEE SMC 2005(10月10〜12日, Hawaii)において,PSE関連セッションがSIS部会のメンバーによって企画運営された.

その他,AIChE 2005 Spring National Meeting (4月10〜14日, Atlanta, US)のTopical conference の1つして,8th International Conference on Microreaction Technology (IMRET-8)が開催された.参加者約80名,発表件数約100件であり,IMM社やIMTEK社を中心とするドイツからの発表が30%,日本からの発表が30%を占めていた.Microstructured reactor plant conceptとModularization and multislcale designのセッションが新設され,マイクロ単位操作から生産プロセス化へ向けて,当該分野の研究の広がりが感じられた.さらに欧州では,化学・製薬産業にマイクロ化学技術を積極的に導入すべく,産学界の計20チームで構成されるプロジェクトIMPULSE(Integrated Multiscale Process Units with Locally Structured Elements)が2005年2月にスタートしたという広報宣伝があり,今後の動向が注目される.

一方,バッチプロセス関連の国際標準化作業は,バッチ制御(ISA-S88)に関して IEC 61512-3 までが規格化され,経営システムと製造システムの統合(ISA-S95)に関して IEC 62264-3が現在審議中である.また,これら標準化に関連する研究・開発成果が2006 WBF North American Conference(3月5〜8日, Atlanta, US)で報告された.国内では,第143委員会の分科会JBFが中心となってIEC62264-1のJIS化が現在進められている.

研究・技術動向

プロセス制御の分野では,過去5年間にモデル予測制御理論に大きな進展が見られる.線形離散時間システムの最適制御問題をマルチパラメトリック計画問題として定式化することで,最適制御則が区分的アフィンな状態フィードバック則として得られることが示されている.最適な状態フィードバック則をオフラインで導出できるため,予測ステップ毎に最適化計算を繰り返す必要がなく,航空機や自動車などの時定数の非常に短いシステムへの応用が期待される.近年,注目を集めているハイブリッドダイナミカルシステムへの親和性も高い.

最適化技術は,プラント単体の最適設計から,工場ユーティリティ設備の最適運用,SCMや企業の事業戦略までの様々なレベルでの意志決定支援技術として重要な役割を果たすようになっている.意思決定者の思考パターンや意思決定プロセスに即した最適化,あいまいな情報や粒度の異なる情報を一元的に取り扱うことができるロバストな最適化およびモデリング手法に関する研究などが進んでいる.

また,IFAC World Congressのマイルストーンレポートでも指摘されているように,主に統計的手法に基づくプロセスや制御システムのモニタリングに関する研究とその産業応用が大いに注目されている.プロセス・ケモメトリクスの適用対象は,プロセス管理から品質設計・品質改善へと急速に広がっており,特に薬品やファインケミカルで重要となるバッチプロセスを対象とした研究が盛んである.バッチプロセスでは操作プロファイルの最適化が課題であるため,反復学習制御や統計モデルに基づく最適化など様々な取り組みがなされている.

バッチ制御に関する標準化は引き続いて進められているが,これら標準はあくまでもバッチシステムの開発,設計,運用に関する一般的な枠組みのみであり,実際にどのように適用するかはユーザに任されている.そのため,標準化の思想に基づいてバッチシステムを実現するための合理的な製品開発手法,レシピ設計手法,バッチシステム設計プロセス,運転管理手法等に関する研究が進められている.

今後の展望

化学プラントのライフサイクルの各段階において,合理的な意思決定を行うためのシステマティックな方法論を探求する学問として,プロセスシステム工学(PSE)は貢献してきた.近年では,企業活動のグローバル化が進む中で,さらなる生産性の向上を目指した生産革新への取り組みや,調達から販売までの効率化を目指すサプライ・チェーン・マネージメントへの取り組みなどが盛んである.また,”how to make”から”what to make”へ,すなわちプロセス・イノベーションからプロダクト・イノベーションへの転換の重要性が強調される中,製品設計などプロダクト・イノベーションへの貢献も進んでいる.PSEの対象も,従来の石油・化学プロセスに限らず,半導体,鉄鋼,製薬,製紙など非常に広範にわたり,特に,生命をシステムとして理解することを目的とするシステムバイオロジー分野や,糖尿病患者へのインスリン投入量制御などの医療応用分野での研究も活発に行われるようになってきている.今後ますます,異分野の研究者と共同で新たな課題への取り組みが進められると期待される.

(京都大学 加納,NAIST 野田,名古屋大学 橋爪,2006年)


 
   
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